一日中、強い北風が吹いている。
家の窓がブルブル鳴っている。
気温もだいぶ下がってきた。
今日は夫の5ヶ月目の月命日になる。
梅雨明け2日後に彼は旅立ち、
辛い夏の時間が過ぎて、
だいぶ立ち直ったと思っていたけど・・・。
少しショックなことがあると、心が総崩れを起こしてしまう。
まだガラスのような精神状態であり、
夫がこの世にいなくなったことを思い知らされる。
こんな悲しい気持ちになるのは、空の色と風の音の
せいなんでしょう。
でも、その自然がショック症状を癒してくれるのも事実です。
自然と時間が処方箋なんだと、改めて感じた日でした。
2008/11/18
2008/11/13
今日は満月・・・
あまりに美しいフルムーンが夜空に光っています。
海にお月さまの光が反射して、キラキラが続きます。
まだ写真を撮る気になれないので、映像なしです。
ごめんなさい。
夫は満月の日にこの世を去ってしまったので、
ずっと満月の日は悲しさでいっぱいの気分でした。
でも、今日は心静かに見ることができます。
きっとどこかで彼も見ている、
あるいは、そこにいるのかな・・・って
思えてきます。
皆さんも素敵なお月さまをお楽しみください。
海にお月さまの光が反射して、キラキラが続きます。
まだ写真を撮る気になれないので、映像なしです。
ごめんなさい。
夫は満月の日にこの世を去ってしまったので、
ずっと満月の日は悲しさでいっぱいの気分でした。
でも、今日は心静かに見ることができます。
きっとどこかで彼も見ている、
あるいは、そこにいるのかな・・・って
思えてきます。
皆さんも素敵なお月さまをお楽しみください。
2008/11/08
自然と人の優しさ
奄美の竜郷町で、一昨日、ご覧のような記録的な大雨が降った。
1時間に120ミリを超える雨が断続的に襲った。

我が家の前の県道も完全に”川”になり、
普通乗用車すら通行できない状態だった。
がけ崩れ、鉄砲水、川の氾濫、・・・
至る所に傷痕を残していった。
先日、奄美を震撼させた殺人事件がある集落で起きた。
「奄美でそんな事件が起きるはずなどなかった」と
地元民たちも驚く出来事だった。
奄美は事件が限りなくゼロに近いので、
刑事、鑑識などは内地からやってくる。
で、たまたま集中豪雨に見舞われた時に、大勢の
警察関係者が滞在していたことで、多くの人々が
助けられたと聞いた。
そして、多くの人が集落公民館での生活を強いられている。
その集落への「炊き出し」を行う連絡を昨晩受けた。
役場の職員、給食センターのスタッフは当然のように
休みの今日も働いている。
さらに、各集落の婦人会から数名のボランティアを選出し、
温かいカレーを食べてもらおうということだった。
実際、集合時間に行ってみると、すでに多くのご婦人たちが
野菜を切っていた。
総勢30名弱。お互いに知り合いでも
ない人々がすっと集まって、あっという間にカレーに
なっていった。
東京で暮らしていた時分は、「可哀そうに」と思いつつも
他人事だった。
まして、ご近所や知り合いでもない、他の集落のために何かを
すぐに行うことなど考えたこともなかった。
だから、「困った時はお互い様」のアクションがすぐに
取れるこの土地は本当に暖かいと思う。
私が夫を亡くした時も、そして今も、周囲の人々は
何かにつけ気を配ってくれている。
自然は素晴らしいと同時に猛威を振るう。
でも、それに逆らうことは難しく、人間のエゴだと思う。
あれほど、虫に悩まされた私が、たった1年で
「これも自然の一部」と割り切れるようになったのも
都会で暮らしていた時に思っていた”自然”と
本当に”自然”に接する経験をした違いなのかもしれない。
そして、この5か月で、本当の人の暖かさについても同じ思いになった。
1時間に120ミリを超える雨が断続的に襲った。
我が家の前の県道も完全に”川”になり、
普通乗用車すら通行できない状態だった。
がけ崩れ、鉄砲水、川の氾濫、・・・
至る所に傷痕を残していった。
先日、奄美を震撼させた殺人事件がある集落で起きた。
「奄美でそんな事件が起きるはずなどなかった」と
地元民たちも驚く出来事だった。
奄美は事件が限りなくゼロに近いので、
刑事、鑑識などは内地からやってくる。
で、たまたま集中豪雨に見舞われた時に、大勢の
警察関係者が滞在していたことで、多くの人々が
助けられたと聞いた。
そして、多くの人が集落公民館での生活を強いられている。
その集落への「炊き出し」を行う連絡を昨晩受けた。
役場の職員、給食センターのスタッフは当然のように
休みの今日も働いている。
さらに、各集落の婦人会から数名のボランティアを選出し、
温かいカレーを食べてもらおうということだった。
実際、集合時間に行ってみると、すでに多くのご婦人たちが
野菜を切っていた。
総勢30名弱。お互いに知り合いでも
ない人々がすっと集まって、あっという間にカレーに
なっていった。
東京で暮らしていた時分は、「可哀そうに」と思いつつも
他人事だった。
まして、ご近所や知り合いでもない、他の集落のために何かを
すぐに行うことなど考えたこともなかった。
だから、「困った時はお互い様」のアクションがすぐに
取れるこの土地は本当に暖かいと思う。
私が夫を亡くした時も、そして今も、周囲の人々は
何かにつけ気を配ってくれている。
自然は素晴らしいと同時に猛威を振るう。
でも、それに逆らうことは難しく、人間のエゴだと思う。
あれほど、虫に悩まされた私が、たった1年で
「これも自然の一部」と割り切れるようになったのも
都会で暮らしていた時に思っていた”自然”と
本当に”自然”に接する経験をした違いなのかもしれない。
そして、この5か月で、本当の人の暖かさについても同じ思いになった。
少しづつですが、再開します
一人の生活に慣れることは当分ないし、
悲しい気持ちもまだまだ沢山あります。
でも、これはこれから先、一生背負っていくことなので、
時間しか解決できないことだということも分かっています。
それに、たった1年でも素晴らしい思い出を二人で
残すことができたのも事実で、それがあるから
一人でも何とか耐えられているのだと思いました。
以前のように明るい話を中心にすることは
まだ難しいですが、少しづつ、このブログ再開することに
致しました。
皆様のご支援、よろしくお願い致します。
悲しい気持ちもまだまだ沢山あります。
でも、これはこれから先、一生背負っていくことなので、
時間しか解決できないことだということも分かっています。
それに、たった1年でも素晴らしい思い出を二人で
残すことができたのも事実で、それがあるから
一人でも何とか耐えられているのだと思いました。
以前のように明るい話を中心にすることは
まだ難しいですが、少しづつ、このブログ再開することに
致しました。
皆様のご支援、よろしくお願い致します。
2008/08/30
激励メール、ありがとうございます
一度もお会いしていない方々から激励メールをもらって、
本当にありがたいと思っています。
夫が亡くなった事実を実感として受け止めきれていませんが、
多くの方々に励まして頂いていることに本当に感謝致します。
心からもっと一緒に長く過ごしたかった・・・
でも、秋葉原や他の悲惨な出来事で身内を亡くした方々から見れば
恨む相手もいなくて、彼自身が苦しむこともなくて・・・
最も近い身内だけが知りうる辛さだと思いますが、
そんなものを皆さんと分かち合いたいとは考えていません。
また、奄美にIターンしたことを今でも後悔していません。
東京別々の時間を過ごすことが多かった私たちにとって、
奄美では本当に二人きりで思い出たくさんを過ごせた私たちです。
悲しいことや後悔することを考えたら本当に切りがないですが、
たくさんの笑顔を夫残していたことが救いになっています。
命は尊いし、はかない・・・
でも、
だからこそ、今のこの瞬間を二度と後悔しない人生を
皆様にも送って頂きたいと思っています。
本当にありがたいと思っています。
夫が亡くなった事実を実感として受け止めきれていませんが、
多くの方々に励まして頂いていることに本当に感謝致します。
心からもっと一緒に長く過ごしたかった・・・
でも、秋葉原や他の悲惨な出来事で身内を亡くした方々から見れば
恨む相手もいなくて、彼自身が苦しむこともなくて・・・
最も近い身内だけが知りうる辛さだと思いますが、
そんなものを皆さんと分かち合いたいとは考えていません。
また、奄美にIターンしたことを今でも後悔していません。
東京別々の時間を過ごすことが多かった私たちにとって、
奄美では本当に二人きりで思い出たくさんを過ごせた私たちです。
悲しいことや後悔することを考えたら本当に切りがないですが、
たくさんの笑顔を夫残していたことが救いになっています。
命は尊いし、はかない・・・
でも、
だからこそ、今のこの瞬間を二度と後悔しない人生を
皆様にも送って頂きたいと思っています。
2008/08/16
あまりにつらく悲しい出来事
それは、夫の死だった。
あまりに突然で、心配してくれる方々が言葉も出ない状態だった。
・・・・・・・・・・・・・・・
四十九日を終え、初盆が終わり、状況だけをお伝えすることにしました。
梅雨が明けて、「メタボを直すぞ!」と言って、夫が家を出たのは午後の1:30。
町まで外出の予定があった私は「あんまり遅くならないでよ!」と言って、
送り出した。
二人で行動するのが常だったのに、この日に限って別行動だった。
2:30に家を出て、すぐ近くで泳いでいる夫を見て、
「もう戻ってよね。」と声をかけたのが、生きている夫を見た最後。
携帯の電源を切っているのに気がつたのが、4:00過ぎ。
留守番電話が数本入っていて、近所の人からの「救急車で運ばれた」・・・。
シュノーケリング中に心停止し、そのまま目覚めることなく、
何の前触れもなく、この世を去ってしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・
あまりにつらい出来事なので、頭では夫の死という事実を認識していても
心が追い付きません。
何気にその事実を心から追い出し、何もなかったようにしたくなる衝動に
毎日駆られます。
一人になって、東京に戻ることも考えましたが、夫と永住の地として
選んだ奄美を離れることはしないことにしました。
でも、当分の間、読んでいて楽しい話は書けないと思うので、しばらく
お休みします。
あまりに突然で、心配してくれる方々が言葉も出ない状態だった。
・・・・・・・・・・・・・・・
四十九日を終え、初盆が終わり、状況だけをお伝えすることにしました。
梅雨が明けて、「メタボを直すぞ!」と言って、夫が家を出たのは午後の1:30。
町まで外出の予定があった私は「あんまり遅くならないでよ!」と言って、
送り出した。
二人で行動するのが常だったのに、この日に限って別行動だった。
2:30に家を出て、すぐ近くで泳いでいる夫を見て、
「もう戻ってよね。」と声をかけたのが、生きている夫を見た最後。
携帯の電源を切っているのに気がつたのが、4:00過ぎ。
留守番電話が数本入っていて、近所の人からの「救急車で運ばれた」・・・。
シュノーケリング中に心停止し、そのまま目覚めることなく、
何の前触れもなく、この世を去ってしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・
あまりにつらい出来事なので、頭では夫の死という事実を認識していても
心が追い付きません。
何気にその事実を心から追い出し、何もなかったようにしたくなる衝動に
毎日駆られます。
一人になって、東京に戻ることも考えましたが、夫と永住の地として
選んだ奄美を離れることはしないことにしました。
でも、当分の間、読んでいて楽しい話は書けないと思うので、しばらく
お休みします。
2008/06/20
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